INDIANA POLIS RACE REPORT:新王者が魅せた、不屈の精神力

2017年のレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップは、ポルトでの第6戦を終えた時点で大勢が決したはずだった。

当時のチャンピオンシップポイントランキングで3位のマルティン・ソンカと2位の室屋義秀は、ラウンド・オブ・8で直接対決。そこで勝ったソンカは一気に優勝まで駆け上がり、チャンピオンシップポイントランキングでも首位に浮上。一方の敗れた室屋は4位に後退し、ソンカとのポイント差は10まで離された。残りレースが2戦しかないことを考えれば、絶望的という表現があながち大袈裟ではない状況に立たされていた。

しかし、室屋はここから驚異的な追い込みを見せる。ラウジッツでの第7戦で室屋が優勝を果たす一方で、ソンカは3位に終わり、ふたりのポイント差は再び4まで詰まった。

こうして迎えた、インディアナポリスでの今季最終の第8戦。

 

優勝を争う両雄は、運命のイタズラか、いきなりラウンド・オブ・14で顔を合わせた。室屋が「このレースのカギをひとつ挙げるとすれば、やはりソンカと対戦したラウンド・オブ・14だったと思う」と振り返った直接対決は、このレースのみならず、結果的に年間総合優勝の行方をも左右する大勝負となった。

予選11位で先に飛んだ室屋のタイムは、1分6秒134。途中、インコレクトレベルのペナルティを犯し、2秒が加算されたことで、室屋は後から飛ぶソンカのフライトを待たずして万事休したかに思われた。日本のファンが陣取るスタンドばかりでなく、早朝のテレビ中継が行われている海の向こうからも大きなため息が聞こえてくるかのようだった。

ところが、フライトを終えた室屋の胸中には、意外な思いがあった。

 

「レース前にベン(レース分析担当のベンジャミン・フリーラブ)からは、『昨日とは風向きがまったく逆だし、ガスト(突風)がトラック内に吹き込んでいる。パイロンはかなり揺れているから当たる可能性も高くなるし、みんながペナルティをもらうはずだから、1回くらいペナルティがあったとしても気にするな。とにかく最後までしっかり飛べ』と言われていました。ペナルティ自体はタービュランス(乱気流)がひどくて止めようのないものでしたから、ペナルティ1回の1分6秒台なら(ソンカに勝てる)チャンスはあると思っていたし、もし負けたとしても、ファステスト・ルーザーで(ラウンド・オブ・8へ)行けるんじゃないかな、と。行ける予感というか、根拠のない勘みたいなものはありました」

実際、ふたを開けてみれば、まさにフリーラブの分析通りの結果となった。

 

後から飛んだソンカは順調に室屋を上回るラップタイムを刻んだものの、最終周で痛恨のパイロンヒット。前日からの風向きの変化により、大きく機体が流されたことで起きた3秒加算のペナルティだった。室屋が語る。

「普段は(レースエアポートが遠くにあるので)対戦相手のフライトを上空から見下ろすことはないのですが、今回は同じサーキット内に着陸するうえに会場に巨大なモニター画面があったので、さすがにタイムの数字までは見えないにしても、ラップタイムごとの差がグリーン(後から飛んだソンカが上回っている)なのか、
レッド(先に飛んだ室屋が上回っている)なのかは見えていたんです」

室屋は途中、2カ所のラップタイムで緑の表示がついていることに気づいていた。つまり、ソンカが自身のタイムを上回っているのだということを理解していたわけだ。

「このまま行ってしまうのか」

そんなこと思いながら、徐々に高度を下げ、着陸態勢に入り始めた室屋の目に、最後のラップタイムの表示とともに点灯した赤の表示が飛び込んできた。室屋は、ソンカがパイロンヒットしていたことまでは知らなかったが、何かしらのペナルティを受け、自らのタイムを下回ったのだろうということは想像できた。

したり顔で「オレの言った通りになっただろ?」とでも言いたげなフリーラブに出迎えられた室屋は、ラウンド・オブ・14のその後の展開をハンガー内にあるモニターで見ていた。

「ピート(チャンピオンシップポイントランキング3位のピート・マクロード)が落ち、カービー(同4位のカービー・チャンブリス)も落ちたのが分かったので、これでマルティンが消えたら、ほとんど(自分の年間総合優勝が)決まりだなと思っていました」

結果的に、自らの手でラウンド・オブ・14敗退に追いやったはずのソンカも、ファステスト・ルーザーで勝ち上がってきた。だが、そのときにはもう「最後に決着をつければいいだけのこと」と、もはや最強のライバルさえも飲んでかかっていた。

 

ラウンド・オブ・8では、今年デビューのミカエル・ブラジョーに格の違いを見せつけて圧倒。室屋がファイナル4に備えて待機していると、フライトを終えたばかりマット・ホールが着陸してきた。ラウンド・オブ・8でソンカと対戦したホールが、もしもそこで勝利していれば室屋の年間総合優勝はほぼ確実なものになっていたはずだったが、ホールは痛恨のパイロンヒットで敗れていた。

「ごめん、ヨシ」

 

そう言って無線で話しかけてきたホールと、室屋は一言二言ジョークをかわす。もちろん、ホールが勝ってくれれば楽な展開になっていたのは確かだが、同期デビューの仲間との他愛もないやりとりは、最終決戦を前にナーバスになりかねない室屋にとって、これ以上ない"アシスト"となった。

「最後のフライトを前にゲラゲラと笑ったことで気持ちが楽になり、おかげでファイナル4は楽しく飛べましたね」

そう振り返る室屋が叩き出したタイムは1分3秒026。当の本人でさえ、「あのタイムはありえない。風は強かったし、決してコンディションがよくなっていたわけではないのに、(ラウンド・オブ・8より)1.5秒もタイムが上がっていた。0.5秒上げるのだって大変なのに......、最初に聞いたときは間違いかなと思った」と目を丸くするほどの驚愕のトラックレコードだった。

「ウソでしょ? と思う一方で、これでインディ(このレース)は勝ったなとは思いました。あとは、ソンカが2位になるかどうか。そこから先は、とにかく待つだけでした」

室屋のこのレースでの優勝は間違いないとしても、ソンカが2位になれば、年間総合優勝はソンカの手に渡る。最後に飛ぶソンカのフライトを残す時点で、暫定2位のマティアス・ドルダラーのタイムは1分5秒546。室屋は「ソンカが超えてくる可能性は十分にある」と見ていた。

「自分がやれることはすべてやったので、これで(ドルダラーのタイムを)上回られたら仕方がない」

室屋はそう覚悟を決め、「僕もテレビの視聴者のひとりになったみたいに、ドキドキしながら」チームスタッフとともにモニター画面を食い入るように見つめていた。

 

そして、ソンカがスタート。年間総合優勝をかけたライバルのラストフライトは、順調な滑り出しを見せていた。ところが、2セクター目のラップタイムが突然ガクッと落ちた。

「勝った!」

室屋はソンカのゴールを待たずに、今季4勝目と同時にワールドチャンピオンのタイトルを手にしたことを確信した。時間にすれば、1分7秒260のことだったが、「きっとすごいエネルギーを使って見ていたんでしょうね」と室屋。その瞬間、誰かに抱きついていなければ立っていられないほど体中の力が抜け、目からは自然と涙があふれ出た。

 

「すごいタイムが出ましたが、サンディエゴ(第2戦)のときのような覚醒とは違う感じでした。そこまでフライトは安定していなかったし、たぶんペナルティをもらうかどうかのギリギリだったはずです。バーティカルターンのタイミングだったり、角度だったり、いろいろなことがピッタリ合ったんだと思いますが......、それにしても......あのタイムはちょっと信じられない。奇跡って起こるんだなって。それも最後の最後にね」

一時はトップに10ポイント差をつけられた。室屋自身、「あきらめはしなかったけれど、どうやったら勝てるんだろうという気持ちは、正直あった。計算すればするほど難しい状況であることが分かった」というほどまでに追い詰められた。

だが、大勝負に打って出た第7戦を勝ち取り、力づくで潮目を変えた。

「マルティンのチームは第7戦からずっとピリピリしていたけれど、うちのチームは追いかける立場で調子も上がっていたから、気持ち的にはリラックスしていました」

そして最終戦ではソンカとの直接対決を制し、最後は食い下がるライバルに引導を渡すかのような圧巻のタイムでねじ伏せた。

 

大逆転劇はここに完結。室屋義秀が、チーム・ファルケンが、ついに世界の頂点にたどり着いた。

 

 

(Report by 浅田真樹)

 

■Information

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