タクティシャンの仕事

フライトデータを分析してレース戦術を立案するタクティシャンは勝利に欠かせない存在だ

Gamez and Velarde

Red Bull Air Raceが創設された2003年当時、タクティシャンという仕事はまだ存在していなかった。しかし、今では全チームでタクティシャンは極めて重要な役割を担っている。彼らはレースでいったいどのような作業をしているのだろうか?

「タクティシャンの仕事は、データを分析してベストラインを見つけることだけではありません」と語るのは、現在Team Velardeでタクティシャンを務めるアンセルモ・ガメツ。彼はフライトインストラクター、職業パイロット、そしてエアロバティックス選手権でチャンピオンを獲得した経験を持つエアロバティックスパイロットでもある。ガメツはさらに続ける。「私はフライトのための新たなテクニックやトレーニング法を提案し、機体の開発・改良にも関与しています。パイロットと機体をさらに速くするために、あらゆることを学んで調査しています」

 

タクティシャンの始まり

かつて、ポール・ボノムの3度のワールドチャンピオン獲得に貢献したパウロ・イスコールドは、現在Team Chamblissのタクティシャンを務めている。ブラジルのミナス・ジェライス連邦大学で航空機設計やフライトテスト、応用空気力学などを教える教授でもあるイスコールドは、速度記録挑戦用機体のデザインも担当している。2008年、イスコールドは南アフリカ出身のパイロット、グレン・デルに雇われる形で、Red Bull Air Race史上初のチーム専属タクティシャンとなった。以来、彼はタクティシャンの役割の変遷を目にしてきた。

「当時の私はグレンと新パーツの設計に取り組んでいて、その改良内容をテストするためのシミュレーターが必要になったのですが、その時にシミュレーターはラインの最適化にも応用できるのではないかと気づいたのです」とイスコールドは説明する。「とはいえ、ラインの最適化にシミュレーターが有用だということを証明できたのは、2014シーズンの開幕戦でした。この頃には、私はポール・ボノムのチームで働くようになっていました」

イスコールドは次のように続ける。「当時、パイロットたちはVTM( バーチカルターン・マニューバ)を垂直に近いラインでフライトしていましたが、私はポールにもっと角度をつけてターンしてみてはどうかと提案しました。ですが、彼は失格になることを恐れていました。そこで、ファイナル4の前に、『角度をつけてターンして失格になっても、4位は確実だ。角度をつけなくても結果は4位だろう。失うものは何もないんだ』と彼に伝えました。そして、彼は角度をつけてターンすることを選び、優勝したのです!」

「あの日から、Red Bull Air Raceを戦うチームにとってタクティシャンが欠かせない存在になりました」とイスコールドは語る。

チームクルーや外部専門家との連携が重要

機体の改良におけるタクティシャンの仕事は、コンセプト立案から実際のパーツ製作まで多岐に渡る。その一方で、イスコールドは次のように指摘する。「タクティシャンとは、ひとりでできる仕事ではありません。過去2シーズンのオフで、私はジェイソン(ジェイソン・リソップ:Team Chamblissテクニシャン)と1日12時間を機体の改良作業に費やしてきました。私たちはチームとして仕事に取り組んでいますし、パーツ開発を正しく進めるには外部の協力も欠かせません」

ガメツもまた、Team Velardeが昨シーズン導入した新型ウイングレットの開発などを外部の専門家と共同で行ったことを明かしている。また、Team Velarde は2017シーズンにシミュレーター開発企業の大手Simlocとパートナーシップを結んでいる。Simlocは超音速戦闘機から旅客機に至るあらゆる航空機のフライトシミュレーションにソリューションを提供している企業だ。

「Simlocは、フリープラクティスのラインの視覚化と分析に役立つ数種類のツールを開発してくれました」とガメツは語る。「その代わり、私たちは彼らにフィードバックを返します。彼らにとっては、ハイレベルなフライトのテレメトリーやフライトデータを得られる絶好の機会なんです」

 

レーストラックの分析とシミュレーション

レーストラックの分析はどのように行われるのだろう? 分析は、レース数週間前にエアゲートのGPS座標を含むトラックマップがチームに提供された瞬間から始まる。

「私は細かい計算でレース環境の機体をシミュレートするプログラムを使用しています。他のチームも、同じシミュレーションをするためにそれぞれ独自に開発したソフトウェアを使用しています」とイスコールドは説明する。「私のプログラムはレーストラックの座標を読み込み、ゲート間のベストラインを算出します」

Team Goulianのタクティシャンを務めるスティーブン・ホールは、レースの2~3週間前にはトラック分析を完了させている。「私は市販ソフトウェアと独自開発したソフトウェアを組み合わせて使用しています」と語るホールは、自身もパイロットであり、マサチューセッツ工科大学(MIT)で宇宙航空学教授を務める著名な研究者でもある。「トラック分析の目的は、各コンディションに適したラインの概要をマイケル(グーリアン)に提示することです。また、彼がパイロンヒットや速度系ペナルティのリスクを負うかどうかを判断するための選択肢も提示します」

機体は各フライトでデータを収集し、タクティシャンは機体重量、風速、風向き、温度、さらにはパイロットの反応時間などが含まれるそのデータを分析プログラムに入力し、起こる可能性がある状況に備えて計画を立てたり、修正をしたりする。データは瞬時に入手できるため、タクティシャンはレース当日、または各ラウンド間にラインの調整案を提示できる。

ホールは次のように述べる。「2016シーズンのラスベガスが典型的な例ですね。あの時、私たちは当日の強風に合わせてレーストラックの分析をやり直し、強風を活かすプランを用意しました、その結果、非常にチャレンジングなコンディションだったにも関わらず、マイケルはラスベガス最速ラップを記録できました」

 

人間的な部分

タクティシャンという仕事のもうひとつの重要な側面は、パイロットとのコミュニケーションだ。「タクティシャンは、パイロットとエンジニアを繋ぐインターフェースのようなものです」と語るのはベンジャミン・フリーラブ。2017シーズンにワールドチャンピオンを獲得した室屋義秀のタクティシャンとして、室屋とTeam Falkenと支えてきた人物だ。航空学研究員、飛行教官として豊富な経験を持つフリーラブは、他のモータースポーツのトップカテゴリーで各チームがどのように機能しているかについても注意深く研究を進めている。しかし、室屋のようなトップパイロットとの意思疎通で最も役立ったのは、アンリミテッドクラス米国代表チームでの編隊パイロットとしての経験だった。「パイロットとしてのキャリアが、タクティシャンとしての私の強みだと思います」とフリーラブは打ち明ける。「レースパイロットとしての経験がなくても、競技用機体の操縦経験はありますから、ヨシ(室屋)と話した時に、彼が何を話しているのかイメージできるのです」

過去20年近くエアロバティックスでフアン・ベラルデのライバルだったガメツも、フリーラブと近いアプローチでこの仕事に取り組んでいる。「パイロットの経験と(ベラルデとの)関係が役立つ時があります。私は、ハイレベルな戦いをしているパイロットが何を考えているのかが分かります。同じ言語で話せるのです。これは、お互いを理解するための、そして私が彼にラインを提案するための近道になっていますね」

バックグラウンドや方法論はそれぞれ違うが、イスコールドやフリーラブなどチャンピオン経験者も含めた全てのタクティシャンたちは、 "継続的な前進" という共通目標を持っている。「ワールドチャンピオンを勝ち取ったからといって、全てを理解したことにはなりません」とフリーラブは語る。「Red Bull Air Raceは新しいスポーツです。全てが進化しているので、学ぶべきことはまだ沢山あります。前進あるのみです」