Air BPが供給するレース用燃料の秘密

Red Bull Air Race公式燃料に求められる高度な性能条件とは

Filling the raceplane

Red Bull Air Raceの公式燃料サプライヤー / カーボンリダクションパートナーのAir BPは、レース機体がこのトップレベルのモータスポーツで性能を発揮するために必要な燃料を熟知しているが、最先端のレース機体に必要な燃料とレーシングカーのそれとは大いに異なるようだ。

「まず、レース機体とレーシングカーはエンジン設計が異なります」と語るのは、Air BPで航空燃料R&Dマネージャーを務めるアリスダー・クラーク博士だ。彼は次のように続ける。「自動車レースでは、レース完走に支障が出ないギリギリの重量までエンジンの軽量化を目指します。ですが、航空の世界では、ひとつのミスが命に直結するため、限界ギリギリの軽量化を目指すことができません。空を飛び続ける必要があるので、レーシングカーのエンジンよりも安全性が優先されるのです」

Red Bull Air Raceでは、安全確保と公正な競争の実現のためにエンジンが共通化されている。2,950rpmで約320馬力ものパワーを発生する高性能空冷6気筒エンジンLycoming Thunderbolt AEIO-540-EXPは、Red Bull Air Raceのために特別に設計された信頼性の高い動力源で、全チームがこのエンジンを使用している。Air BPは、この高性能エンジンが信頼性を維持しつつ最適なパフォーマンスを実現するための燃料の研究開発に取り組んでいる。

「レーストラック上のエンジンはフルスロットル状態が維持されます」と語るのは、"ジンボ" の愛称で親しまれるRed Bull Air Raceのテクニカルディレクター、ジム・リードだ。「対地高度20mを200ノット(約370km/h)もの高速でフライトするので、信頼性が頼みの綱になります」

Red Bull Air Raceの燃料開発で重要視されている項目を以下に説明しよう。

 

・エンジンタイプ

航空用エンジンとレーシングカー用エンジンは様々な部分が異なる。回転域もそのひとつで、航空用エンジンの常用回転域は低い。クラークは次のように説明する。「航空用エンジンは信頼性が何よりも大事で、2,000rpm〜3,000rpmでプロペラを回し続けることが求められます。一方、レーシングカー用エンジンに求められるのは最大限の熱エネルギーを生み出すことです。様々な燃料を組み合わせ、高回転型エンジンは短時間で大量の燃料を消費することでこれを実現しています。大きなパワーを簡単に引き出そうというコンセプトですね。レーシングカー用エンジンはこのコンセプトにギアボックスを組み合わせています」

たとえば、F1のレギュレーションではエンジン回転数上限が15,000rpmに定められているが、Red Bull Air Raceのレギュレーションでは2,950rpmが回転数上限に定められている。

また、F1用エンジンとRed Bull Air Raceで使用されるLycoming製エンジンでは燃焼室容積も異なる。混合気を比較的ゆっくりと燃焼させる航空用エンジンにはレーシングカー用エンジンよりもかなり大きな燃焼室が設けられている。また、Red Bull Air Raceで使用されるエンジンの圧縮比は10:1(上死点時)で、シリンダーヘッド容積は約164ccとなっている。一方、地上を走るF1で使用されるエンジン全体の総排気量は1,600ccとなっている。

当然だが重要な違いをもうひとつ挙げておくと、F1をはじめとしたレーシングカー用エンジンは縦方向・横方向の強力なGフォースに対応できるようになっているが、究極の三次元モータースポーツのRed Bull Air Raceで使用されるエンジンは、縦軸回転の "ロール(roll)"、左右軸回転の "ピッチ(pitch)"、そして上下軸回転の "ヨー(yaw)" という3つの異なる回転軸に対応できる必要がある。

Chambliss in the track

・ターボチャージャー / スーパーチャージャー

一部のレーシングカー・カテゴリーでは、規定された排気量のエンジンからより大きなパワーを引き出すことを可能にするターボチャージャー付きエンジンの使用が認められている。また、ターボエンジンを採用している市販車も多い。しかし、これも安全確保と公正な競争の実現が目的なのだが、Red Bull Air Raceで使用されるエンジンにはターボチャージャーやスーパーチャージャーなどの過給器は備えられていない。この仕様が燃料の品質の重要性を高めている。レース用途以外の航空用エンジンでは、ターボチャージャーを備えたものは珍しくないが、基本的にはその目的はパワー増加ではなく、空気密度の薄い高高度飛行時のエンジン出力の安定化にある。

 

・空燃比

多くのレーシングカー用エンジンでは、エタノールやメタノールなど、パワーアップに貢献する含酸素燃料の添加が認められている。しかし、これらを燃料に添加するとパワーバンドの減少に繋がる恐れがあるため、信頼性が最優先される航空用エンジンではエタノールやメタノールが使用されることはない。使われているのは、メタミックス(MethMix)のような特別な添加剤だけだ。

その代わり、Red Bull Air Raceを戦うパイロットたちは、エンジンを常に最適な状態で使用するために空燃比をマニュアル調節することができる。燃料と空気が最も効率よく燃焼し、最高のパフォーマンスを引き出すためには14.7(燃料):1(空気)の空燃比が必要となる。パイロットはコックピット内で空燃比をマニュアル調整するのだが、そこには極めてデリケートな操作が求められる。空気に対する燃料の割合が多すぎる(濃い)状態は "リッチ" と表現され、これは燃焼室に燃料の燃え残りが生じてしまうためパワー低下に繋がる。逆に空気に対する燃料の割合が少なすぎる(薄い)状態は "リーン" と表現されるが、これもまたパワー低下を招く。レース機体の操縦は操縦桿の操作だけではないのだ。

 

・ギア

エンジン出力とトラクションのバランスを最適化するため、レーシングカーでは複数枚のギアが使用されている。ギアを備えたエンジンを採用している飛行機も存在するが、Red Bull Air Raceのレース機体は、重量増加を避けるためギアを装備していない。しかし、共通パーツとして採用されているHartzell製プロペラがギア的な役割を果たしている。推力を発生するために装着されているこのプロペラの3枚の翼断面形状ブレードは、迎角(ピッチ角)をアジャストできるようになっているのだ。低速領域では自動車のローギアのようにフラットな迎角が最適だが、レーシングスピードでは自動車のハイギアのようにエンジンパワーを効率的に推力へ変えるより強い迎角が必要となる。このプロペラ迎角は、パイロットがコックピットからマニュアル調整できるようになっている。ちなみに、一部のプロペラ機ではプロペラ先端速度が音速に近くなるが、これはエアレースでは不利になる。なぜなら、音速に近いプロペラ先端速度ではドラッグ(空気抵抗)が大幅に増してしまうからだ。Red Bull Air Raceのレース中のプロペラ先端速度はマッハ0.89程度となっている。

Tobias Odewald refuelling

・オクタン価

航空用エンジンと自動車用エンジンの違いは、それぞれの燃料に含まれるオクタン価にもある。「オクタン価は燃料のエンジン内での自己着火特性を意味し、点火前の段階でどれだけの圧縮と高温に耐えられるかを示す指標になります」とクラークは説明する。「オクタン価が高ければ、高圧・高温下で不測の自己着火をする確率が低くなるので、エンジン内の劣化を減らせます」

一般道路でいわゆるノッキング音を立てている自動車を見たことがあるはずだが、ノッキング音とは、エンジン内で異常燃焼(デトネーション)が起きて燃料が爆発している音だ。航空用エンジンではスムーズな燃焼と回転が必須なので、Red Bull Air Raceのレース機体にはオクタン価100LL(low lead:低鉛)の燃料が採用されている。一方、レーシングカー用燃料で最も一般的なのはオクタン価88程度だ。「日常生活の中でガソリンはあって当然の存在ですが、レースの専門家たちは燃料のほんのわずかな差がスピードアップに貢献することに注目しています。レーシングカーでもエアレースでもそこは変わりません」と語るクラークは、次のように言葉を結ぶ。「安全性と信頼性を両立させながらパフォーマンス向上を目指すRed Bull Air Raceの燃料リサーチに関われているのは光栄です」

 

◾️Information

2018シーズン第5戦カザン(ロシア)は8月25日・26日に開催。