CHIBA RACE REPORT:地元ヒーローに微笑んだ、勝利の女神

「地元のレースでのプレッシャーは、レースデイに始まるわけではない。年間のレースカレンダーが発表になったときから始まるんだ」

昨年、全8戦のうち3戦で優勝を果たし、圧倒的な強さで年間総合優勝を果たしたマティアス・ドルダラーは、しかし、地元ドイツのラウジッツで行われた第6戦では2位に敗れていた。

世界チャンピオンが口にしたその言葉は、母国のレースで勝つことが、いかに難しいかを雄弁に物語っている。

室屋義秀は昨年、千葉・幕張海浜公園で開かれたレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第3戦で初優勝を遂げた。大きなプレッシャーを受けるなかで手にした、地元での栄冠だった。

だが、迎えた今年、同会場で行われた今季第3戦は、室屋にさらなる重圧がもたらされていた。すなわち、日本戦連覇への期待である。

地元で開催されるレースは、事前の準備や環境面でのアドバンテージがある一方で、メディアやファンの注目を他のレース以上に集めるため、プレッシャーが大きく、集中力を保ちにくいという不利もある。まして日本は、室屋が「他の国とはケタが違う。1ケタ、いや、2ケタは違う」と話すほど、レッドブル・エアレースの人気が圧倒的に高い。それだけ室屋にかかるプレッシャーが大きいということだ。

「パイロットにとっては簡単ではない状況ですよね。メディアやファンに対応することも僕の大事な仕事の一部ではあり、楽しませてもらってはいるものの、集中するのが難しい状況もあります」

地元ファンの期待を一身に背負うパイロットが置かれたそんな立場を表すように、室屋は今回のレースで薄氷の勝利を重ねていった。

ラウンド・オブ・14はペトル・コプシュタインと対戦し、わずか0.007秒差の勝利。敗れたコプシュタインが「わずか70㎝の差。滅多に見られない接戦だった」と語るほどのデッドヒートだった。

続くラウンド・オブ・8では、先に飛んだ室屋がインコレクトレベルのペナルティを犯し、タイムに2秒が加算。予選から安定したフライトを続けるマット・ホールが相手では、もはや万事休したかに思われた。

室屋のフライトが終わった瞬間に会場で起きた拍手にも「敗退は決まったようなものだが、よくやった」という労いの意味が込められていたに違いない。当の室屋自身も、「相手がマットなので、56秒台のタイム(56秒964)ではストレートには勝てない。マットがペナルティをもらわなければ勝ちはないなと思った」と振り返る。

しかし、勝負は下駄をはくまで分からない。

後から飛んだマット・ホールが順調にゲートをクリアし、55秒295のタイムでフィニッシュゲートに飛び込む。勝負は決した。かに思われた。ところが、ジャッジがアンダーレビュー(判定確認)のまま、数十秒のもどかしい時間が過ると、ホールにペナルティ(クライミング・イン・ザ・ゲート=水平ではなく、上昇しながらゲートを通過する違反)が課された。この結果、ホールにもまた2秒が加算。室屋にまさかの勝利が転がり込んだ。

室屋の連覇を期待し、会場に詰めかけたファンにとって、ハラハラドキドキが続くレースは、そのハイライトをついにファイナル4で迎える。

レース前日、予選のフライトを終えた室屋は「明日(本選)も基本的には無理せず同じラインで飛ぶが、ファイナル4では少し攻めるかもしれない」と語っていた。だが、時間の経過とともに風が強くなり、難易度を増すレーストラックを前に、室屋はリスクを負って勝負に出るのではなく、あえて安全方向へと舵を切った。

「ラウンド・オブ・8のフライトは、タイムはよかったが、あそこまで攻めると(風に流されてバンクが間に合わずに)ペナルティをもらってしまう。なので、戦略としては少しペースを落とし、スーパーラップでなくてもいいので、ノーペナルティでいこう、と。意外と落ち着いて飛ぶことができました」

最初に飛んだ室屋のタイムは、宣言通りのノーペナルティで55秒288。さらに風が強さを増すなか、続く3人のパイロットにプレッシャーを与えるには十分過ぎるタイムだった。

2番目に飛んだコプシュタイン(ラウンド・オブ・14で室屋に敗れたが、ファステスト・ルーザーで通過)のタイムは、55秒846。この時点で室屋の表彰台は決定した。

残すは、室屋の連覇がなるかどうか、である。

3番目に飛んだドルダラーは痛恨のパイロンヒットを犯し、優勝争いから脱落。そして最後に飛んだマルティン・ソンカもまた、インコレクトレベルのペナルティ。2秒のタイム加算が伝えられると、5万5千人が詰めかけた会場が一斉にどよめいた。

開幕戦優勝のソンカ、2戦連続ファイナル4進出のドルダラーという実力者ふたりがまさかのミスを犯す意外な展開により、室屋は地元・日本戦の連覇、そしてサンディエゴでの第2戦に続く連覇を成し遂げた。

「今日の勝利はラッキーな面もありました。優勝できたのは自分だけの力じゃないと感じました」

そんな言葉通り、室屋が幸運に恵まれた感は否めない。ラウンド・オブ・8でホールが受けたペナルティも、かなり微妙なものだった。ノーペナルティの判定が下されていたとしても、恐らく室屋に文句はなかったはずだ。室屋はこの第3戦を前に、「サンディエゴからのいい流れでここまで来ている」と話していたが、まさに流れが彼に味方した。

「もちろん、勝つために準備してきたし、勝てるだけの能力があることはサンディエゴで勝ったことからも見てとれる。でも、(各パイロットの実力が接近し)僅差のなかで飛んでいるので、あとは女神がほほ笑むかどうか。我々がチームのベストを尽くせば勝てると思います」

予選後の公式記者会見でそう語っていた室屋。波乱含みのレースが展開されるなか、地元開催のプレッシャーを乗り越え、女神のハートを見事に射止めてみせた。

これで第2戦に続く、2連覇。と同時に、昨年の第3戦に続く、日本戦2連覇は、快挙と表現して差し支えないだろう。チャンピオンシップポイントも30ポイントとなり、ランキングのトップに立った。もちろん、室屋にとってレッドブル・エアレース参戦6年目にして初めてのことだ。「まだ3戦終わっただけ。残りのレースのほうが多い」と語る室屋が、「パイロットの実力は拮抗しているので、チャンピオンシップポイント争いは混とんとしてくるだろう」と言えば、ソンカも「ヨシとハイレベルな争いができることはうれしい」と話す。

今回の第3戦でもコプシュタインが2位となり、自身初の表彰台に立ったことで、"初ポーディアム"のパイロットが誕生するのは、今季3戦連続。いつになく混戦状態にあるシーズンを象徴する。

しかし、だからこそ、誰が勝っても不思議はない勝負のなかで、ふたつの意味での2連覇を果たしたことは価値が高い。地元開催のレースを連覇するのは、かつての絶対王者、ポール・ボノム以来ふたり目のことだという。

確かに、ラウンド・オブ・8、ファイナル4では、相手のミスに助けられた。ライバルをねじ伏せるような勝ち方ではなかったかもしれない。だが、目まぐるしく変わるコンディションのなかで、運も味方に勝ち上がる。こうした勝利を手にできるどうかもまた、王者になるためには必要な条件なのだろう。

室屋は今、着実に世界チャンピオンへの道を進んでいる。

 

(Report by 浅田真樹)

 

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