第5戦カザン RACE REPORT:終わりの見えない負の連鎖

傍らの表彰台で派手なシャンパンファイトが行われている最中、失意のレースを終えた室屋義秀はひとり、ハンガーのバックヤードで帰り支度を始めていた。

あまりに落差の激しい急な展開。天国から地獄。恐らく、まだ頭も心も整理がついていないだろうと知りつつも、とにもかくにも当事者に疑問をぶつける。いったい、何が起きたのですか、と。

「レース規定でエンジンのRPM(1分あたりの回転数)は2950回転までと決められていて、それを続けて2秒以上超えると、オーバーRPMでDQ(失格)になるんですが、ラウンド・オブ・8のフライト終盤、2秒ちょっと(公式記録では2.1秒)オーバーしてしまったんです」

ラウンド・オブ・8で他を大きく引き離すタイムを記録し、今シーズン初優勝の期待が大きく膨らんだ刹那である。まさかの結末に質問を重ねる。RPMの計測に間違いが生じた可能性はないのですか、と。

「なぜそんなことが起きたのか、原因は不明ですが、起きたことは確かです」

 

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©️Joerg Mitter / Red Bull Content Pool

 

時計の針を3時間ほど巻き戻す。

レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第5戦。前日の予選を5位で終えた室屋は、レースデイの初戦となるラウンド・オブ・14を悠々と勝ち上がっていた。先に飛んだ同10位のニコラス・イワノフは53秒809と、前日の予選なら8位に相当するまずまずのタイムを出したにもかかわらず、室屋はこれを1秒以上も上回った。力の違いを見せつける圧勝だった。

続くラウンド・オブ・8でも、室屋はさらに圧倒的な強さを誇示していた。

先に飛んだ室屋が叩き出した51秒643は、このレース最速の驚異的タイム。対戦したカービー・チャンブリスの52秒452も決して悪いタイムではなかったが、それすらもまったく寄せつけずに、3戦ぶりとなるファイナル4進出を決めた、はずだった。

予期せぬトラブルが発生したのは、この後である。

 

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©️Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

 

レーストラックで進行中のラウンド・オブ・8では、室屋の圧勝劇に続き、マイケル・グーリアンがフランソワ・ルボットを退け、ファイナル4進出を決めていた。すると直後、レース会場に設置された大型モニターが突然、室屋の姿を映し出した。

険しい顔でレースエアポートを足早に歩く室屋に、チーム・ファルケンのタクティシャン、ベンジャミン・フリーラブが近づく。手にしたコンピューターの画面を見せながら、何ごとか伝えるフリーラブ。白のパイロットスーツに身を包み、臨戦態勢を整えていた世界チャンピオンは、みるみる顔色を失った。

室屋が悪夢の瞬間を振り返る。

「あのときは飛行機から降りて、トイレへ行き、(フィイナル4のために)また飛行機に戻ろうとしていたときにTVカメラが近づいてきたので、『最後のフライトに集中したいのに、インタビューされたら嫌だな』と思いながら歩いていました」

画面に映し出された瞬間の室屋は、あたかも憤懣やる方ないといった様子で歩いているようにも見えたが、実はこの時点では自身が失格になっていることを知らなかった。怒ったような表情は話しかけられないための、いわば"ポーズ"だったのだ。室屋が続ける。

「すっかりファイナル4を飛ぶつもりでいましたからね。あの場で初めて、ベンからオーバーRPMでDQになったことを知らされました」

 

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©️Mihai Stetcu/Red Bull Content Pool

 

RPMのデータは、レースのコントロールタワーではライブで確認することができ、規定値を超えた時点ですぐに分かる。そして結果はチームに伝えられ、チームは機体に搭載されたRPMの計測器からデータをダウンロードし、あらためて数値を確認するという手順になっている。フリーラブが室屋に示したのは、機体からダウンロードされた、確かにオーバーRPMが起きていたことを証明するデータだった。室屋が大きくひとつ息を吐き、さらに続ける。

「もちろん、理屈のうえでは起きなくはない。だけど、いつもとまったく同じセッティングで飛んでいるのだから、なぜそんなことが初めて起きたのか、思い当たることもない。その事実を聞かされたときはショックというか......、ちょっと放心状態でした」

このレースで、せっかくのファイナル4進出を棒に振ったことは、もちろん痛い。だが、この問題の厄介なところは、その原因が分からない以上、次戦以降も再び起きる可能性があるということだ。

「対策として機械的な調整を考えてはいますが、最終的には、ほんのちょっとでいいので、回転数の設定を落としておいたほうがいいかなとは思っています」

室屋はそれが一番確実な解決策であるとは知りながらも、「そうすると、全体のパワーが落ちますからね」とつけ加え、苦々し気に顔をしかめる。

第3、4戦と2戦連続でオーバーGによるラウンド・オブ・14敗退に終わっていた室屋は、残る4戦での巻き返しにかけていた。とりわけ、この第5戦を重要なレースと位置づけ、必勝を期していた。実際、もはや優勝に指先が触れるところまで来ていたのだ。

 

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©️Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

 

にもかかわらず、オーバーGを乗り越えたと思ったら、オーバーRPM。室屋に絡みつく負の連鎖には、依然終わりが見えない。

「(前2戦の)オーバーGは自分の責任もゼロじゃないけど、今回は完全に(自分の手の及ばないものに)100%止められてしまったという感じがします。でも、こういうときこそ、頑張って奈落の底に引きずり込まれないようにしないといけない。今は少し我慢でしょうね。去年も第5、6戦とかなりキツかったけれど、それでも最後は逆転できた。難しい状況のときこそ踏ん張らないといけないんでね」

気を取り直すように、そして自分に言い聞かせるように、前向きな言葉を口にする室屋。だが、への字に結んだ口を再び開くと、苦笑いとともに本音が漏れた。

「精神的には結構キツいですけどね」

必勝を期して臨んだレースで手にしたポイントは、わずかに3。連覇の夢は遥か彼方に遠のいた。

ディフェンディング・チャンピオンが必死で作り出す笑顔には、切ないほど力がなかった。

 

(Report by 浅田真樹)

 

◾️Information

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©️Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

 

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©︎Joerg Mitter / Red Bull Content Pool

 

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©️Dmitriy Tibekin / Red Bull Content Pool

 

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©️Andreas Schaad/Red Bull Content Pool

 

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©️Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool