貫禄のフライトで新シーズンを迎えた王者

コックピット内のカメラがとらえた、フライト直後の表情がすべてを物語っていた。
無線を通じてタイムと順位を知らされた瞬間、バイザーを上げた室屋義秀の顔から笑みがこぼれた。会心のフライト――。西日に照らされた室屋の顔には、はっきりとそう書いてあった。

レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの2018年シーズンが開幕した。昨年、初の年間総合優勝を果たした室屋にとっては、追われる立場で迎える初めてのシーズンとなる。

昨年10月、アメリカ・インディアナポリスでの最終戦を制して世界チャンピオンの座に就いて以降、室屋自身は多くのイベントをこなすなど多忙を極めたが、機体は「ベン(チーム・ファルケンのタクティシャン、ベンジャミン・フリーラブ)がずっと準備してくれていたので、いい状態に仕上がっている」と室屋。

もちろん、ディフェンディング・チャンピオンとしてのプレッシャーがまったくないと言えばウソになるだろう。だが、力みのない口調で「周囲の期待が大きくなっているのは感じますが、それを気にしても速くはならないので。昨年と同じペースで同じようにやっていくだけでしょうね」と語る室屋からは、無理に周囲の声を遠ざけようとナーバスになっている様子は感じられない。まさに自然体。開幕戦の舞台となるUAE・アブダビに入ってからも、それが変わることはなかった。

[©️Balazs Gardi/Red Bull Content Pool]

 前年王者は新たに始まるシーズンに意識を集中させ、臨戦態勢を整えていた。
それが表向きだけ繕った、見せかけの余裕でなかったことは予選のフライトを見れば明らかだった。

予選の最後に飛んだ室屋は「54秒フラットくらいを想定していたので、完璧にコントロールできたフライトだった」という1本目で54秒051を記録し、その時点で6位につけると、2本目は「ラインは変えずに、バーティカルターンのタイミングやGのかけ方を少しだけ変えて、53秒6くらいを狙った」。

2本目のタイムは53秒404。「思ったよりちょっとだけ速くなってしまったけど」と苦笑しつつも、「ほぼ完璧なレース展開」と自賛する予選結果となった。2本目のフライト直後、室屋が無邪気に笑みをこぼしていたのも無理はない。

とはいえ、予選の順位は3位である。しかも、トップのマティアス・ドルダラーには0.6秒以上も離されているのだから、前年王者がこれほどの喜びを見せることに、やや意外な印象がないわけではない。

しかし、室屋がこれ以上ないほどに納得の様子を見せるのは、チームとして用意したプランに沿って完璧なフライトが実行できたからである。誤解を恐れず言えば、室屋は"予選でトップに立つ気はなかった"のだ。室屋が予選の戦略を明かす。

「ゲート3は、縦にターンするよりも(ドルダラーのように)右へターンしたほうが少し速いんですが、(オーバーGの可能性もあって)非常にリスキーで、それをやって最後(ファイナル4)まで行けるかというと、少し疑問もある。ベンとも話して、それなら縦に回ったほうがいいだろう、という結論になりました」

[©︎Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool]

 今回のレーストラックにおいて、ゲート3(2周目のゲート10)のバーティカルターンはタイム短縮のひとつのポイントとなっている。各パイロットは、公式練習ではもちろん、予選に入ってからも1本目は縦にターンし、2本目は右へターンし、というようにそこでの最適解を見出そうと試行錯誤する様子がうかがえた。

それほどに判断が難しいターンにあって、室屋が下した結論は、「リスクを覚悟で最速タイムを狙う」のではなく、あくまでも「安定したなかで速く飛ぶ」ことだった。だからこそ、先に飛んだドルダラーが52秒795のタイムを叩き出してもなお、これを追いかけることはしなかった。迷うことなく「2本とも縦に回る」とプランを立て、そのなかでフライトの精度を高め、狙い通りにタイムを縮めた。室屋が続ける。

「例えば、ファイナル4へ行ってマティアスが(右へのターンをやって)52秒5とかを出したら、もう一番は取れないかもしれない。でも、それはベンとも話して納得したうえで、まあいいでしょう、と。シーズン全体を通して考えたとき、今年は4勝も5勝もするのが目標ではなく、年間で安定してポイントを重ねて総合優勝するのが目標だから。だったら、リスクのある一発勝負に挑むのではなく、優勝はできなくても確実に上位に入れるタイムを出す。これが今年の僕らの戦い方になるんじゃないかなという気がします」

ただし、室屋がいかに安定方向へ舵を切ったとはいえ、はなから優勝をライバルに差し出すつもりはない。

「縦に回っても、まだ少しタイムは詰められるので、(52秒台の争いになっても)結構いい勝負になると思いますよ」

室屋はニヤリと笑って、そう言い放つ。

[©︎Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool]

 事実、室屋は前日の公式練習からこの日の予選にかけて、段階的にタイムを上げてきており、しかも予選では前述の通り、ほぼ想定通りのタイムを記録している。室屋自身、「よくコースが見えていたし、全体にフライトも安定していたけれど、それでも狙ったタイムを出すなんてことは、なかなかできることではない。それには非常に手ごたえを感じています」と驚きまじりに語るほど、完璧にフライトをコントロールできている。

当然、ライバルである他のパイロットたちも、このこと――すなわち、室屋は余計なリスクを負わずとも、これだけのタイムを出しているという事実には、脅威を感じているはずである。

新シーズン初戦の予選は、同期のライバルにトップを譲る3位。だが、ディフェンディング・チャンピオンにとっては、そんな数字以上に際立つ強さを見せつけた予選だったに違いない。

 

 (Report by 浅田真樹)