ハンネス・アルヒ氏急逝に寄せて

プライベートヘリコプターの事故で急逝したハンネス・アルヒ氏の人生を改めて振り返る

自分の人生を精一杯に楽しんできた偉大なる冒険家でありアスリートがこの世を去ったことはあまりにも悲しく、信じることができない。しかし、我々レッドブル・ファミリーは、素晴らしい性格で知られたハンネス・アルヒ氏にお別れを言わなければならない。先日、アルヒ氏は49歳の誕生日を目前にヘリコプターの事故で命を落とした。

常に新しいチャレンジを探し続けていたアルヒ氏は他に類を見ないユニークなアスリートだった。その情熱は多くの人たちにとってのロールモデルとなり、その意志力はスポーツの歴史を変え、ワールドチャンピオンの称号を本人にもたらした。唯一無二のアスリートだったアルヒ氏へお別れの言葉を伝えたい:あなたの明朗快活な性格とユーモアセンス、そして無限のエナジーがこの世から失われたことは本当に悲しい。

アルヒ氏は25年以上に渡り、レッドブル・アスリートとして活動してきた。最近ではRed Bull Air Raceのパイロットとしての活躍が知られており、ワールドチャンピオンにも輝いた彼は、その力強い意志と共にあらゆるチャンスを活かしてファンを喜ばせてきた。

アルヒ氏は登山家としてプロアスリートしてのキャリアをスタートさせた。シュタイアーマルク州の村、トローファイアッハで生まれ育ったアルヒ氏は、幼い頃から山に興味を持ち、登山家・クライマーとして成長していった。そして、常に自分のハートの中に山が存在していたアルヒ氏は、アイガー北壁やマッターホルン北壁からのベースジャンプを成功させると、世界的にその名を知られるようになった。

「山を歩いていると、自分自身を取り戻せる。自然と触れ合うことで本当の自分に戻ることができるんだ。自分にとっては最高のリラクゼーションだよ」(ハンネス・アルヒ氏)

また、Red Bull X-Alpsの考案者でもあるアルヒ氏は、世界で最も過酷なアドベンチャーレースであるこのイベントを立ち上げたことで、世界のパラグライダーシーンに大きなマイルストーンを築いている。ハイクとパラグライダーだけでザルツブルクからモナコへ向かうというRed Bull X-Alpsは、ピュアなアドベンチャーを提供することにフォーカスしている。アルヒ氏にとっては、このようなアドベンチャーによって普通の日常との美しいコントラストを作り上げることが非常に重要だった。本人は「Red Bull X-Alpsのアスリートはヨーロッパの中央でアドベンチャーを体験することになる。日々の生活に追われている人が多い中、これは非常に魅力的なイベントだ」と説明していた。

 

ハンネス・アルヒ氏が我々の心の中から消えることはないだろう。

 

レッドブル・ファミリーはハンネス・アルヒ氏のご冥福をお祈りします。

 

風力タービンを時速300km/hで飛び抜けたアルヒ氏

 

愛する山に囲まれて

 

Red Bull X-Alpsの考案者としても知られる

 

Red Bull Air Raceパイロットとして活躍したアルヒ氏

 

地元と世界各国に数多くのファンを抱えていた

 

地元ファンと共に

 

Red Bull Air Raceでは安定して上位成績を残した

 

メディアからの信頼も厚かった

 

マット・ホール、ニコラス・イワノフと談笑するアルヒ氏