KAZAN RACE REPORT:”実はレースどころではなかった” その舞台裏

一度切らした集中力を再び高めることは、それほど簡単ではなかったということか。

レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第5戦。チャンピオンシップポイントランキングでトップに立つ室屋義秀は、13位に終わった。レッドブル・エアレースが初めてロシアで開かれた歴史的一戦で、室屋はその華やかなお祭りムードから、寂しく取り残される結果となった。

ポイントリーダーがよもやの惨敗である。

予選のフライトを終え、室屋は「集中状態がほんのちょっと崩れ、自分の感覚が機体のスピードについていけていなかった」と、ミスが起きた原因について振り返っていた。だが、この日のラウンド・オブ・14でもまた、室屋のフライトは明らかに安定感を欠いていた。午前中から降り始めた雨が午後に入って強さを増し、確かにパイロットにとっては、あまりに厳しい条件下でのレースではあった。

 

しかし、それにしても、だ。緑と青で染め分けられた機体は、滑るように進み、きびきびと旋回するいつものような挙動を見せることなく、どこかフワフワとして、まるで上空を漂っているかのようだった。

「レースになっていなかったですね。ちょっと入れなかったという感じで、あれはやってはいけないかなというレースでした」

パイロンヒットに加え、インコレクトレベルのペナルティまで犯した末、マット・ホールにあっけなく敗れたフライトからすでに2時間以上が経過してもなお、わずかに苛立ちをにじませる室屋は、開口一番、そう語った。

自身のフライトだけに集中することができず、「レースに入れていなかった」室屋。だがしかし、それは単に彼のメンタル的な課題が露呈したことだけが原因ではない。


実はレースどころはではなかった――。そんな舞台裏を室屋が明かす。

 

「ちょうど僕がレーストラック脇で旋回して(自分のフライト順を待って)いるころから、雨が強まったばかりか、レースエアポートへの帰り道が雲で完全にふさがってきた。『これはヤバい。帰れなくなってしまうな』ということを考えなければいけなかったので、ちょっとレースをする雰囲気ではありませんでした」

当たり前のことだが、レース機はフライトを終えた後、どこかに着陸しなければ、いずれ燃料切れで飛べなくなってしまう。そのため、何らかの理由によってレースエアポートに着陸できない事態が起きた場合に備え、安全上、代替の着陸場所を二重三重に確保してある。そうでなければ、パイロットに生命の危険が及ぶからだ。

「しかも、自分の前のフライトでパイロンヒットがあって、4分くらい待機させられている間に、どんどん状況が悪くなってきて、『もう(レースエアポートへ)帰ろうかな』と思い始めていました。それでも(レースコントロールからの)指示はないので、最悪の事態に備えて(代替地へ向かうために)GPSをセットしたりしていたので、もうレースどころではありませんでした」

 結局、室屋はしばらくの待機時間の後、予定通りにレーストラックに入ったわけだが、「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、プライオリティはレースよりも生きて帰るほうになりますから、もう集中できるできないの問題ではなかったです」。これでは、室屋のフライトにいつもの安定感がなったとしても不思議ではない。

実際、レースを終えた室屋は、雲に覆われてまったく前が見えなくなった帰路を「川を頼りに200フィート(約60m)くらいの高さを飛んで帰ってきた」というから、かなり際どい状況に追い込まれていたのは間違いない。

とはいえ、室屋自身、すべての敗因をこれに押しつけるつもりは毛頭ない。「対戦相手のマットも、条件は同じといえば同じなので」と言い、続ける。

まずはパイロンヒットについて。

「風向きが変わって、それに対処することができなかった。他のパイロットもかなり当たっていたので、難しい条件であったのは間違いありませんが、やっぱりトレーニング不足であることは認めなければなりません」

 

そして、最後のインコレクトレベルのペナルティについて。

「パイロンヒットしてしまった後、少しでもタイムを上げようと思って詰めていったんですけど、最後のゲートは入れなかった(インコレクトレベルのペナルティになった)。もちろん、結果論ではありますが、あれがなければ勝ち上がれていたわけですからね。最後まで冷静に飛ばなければいけなかったし、昨年も『もう攻めちゃえ』という感じになって失敗することがあったのに、それをまた繰り返してしまった。そこは今後のゲームプランとして学ぶべきところです」

やむを得ない外的要因があったとはいえ、このレースに関しては、やはり室屋に勝てるだけの要素が揃ってはいなかった。そう認めざるを得ないことは、本人が一番よく理解している。

だが、室屋は険しい表情を崩さず、嘆き半分、反省半分の言葉をひとしきり吐き出すと、ようやく一息ついてほっとしたように語った。

「13位で0ポイントに終わったにもかかわらず、ラッキーにも(チャンピオンシップポイントランキングの)2位にとどまれたので、正直、ホッとした感じはありますね」

室屋と熾烈なトップ争いを繰り広げていたマルティン・ソンカもまた、室屋同様、このレースではラウンド・オブ・14で敗退して9位となり、わずかに2ポイントしか加算できなかった。その結果、優勝したカービー・チャンブリスがポイントを40まで伸ばしてトップに立ったものの、2位の室屋との差はわずかに1ポイント。先頭から大きく水をあけられずに済んだのは不幸中の幸いだった。

「ピート(・マクロード)もすごく安定してきているので、さらに年間優勝争いは激しくなる。これからはもっともっと落ち着いて飛ばなければいけないですね。最近は忙しくて、日本でのフライトトレーニングが減っていたところもあったので、そのへんは見直したいと思っています」

 

振り返れば、室屋は4月のサンディエゴ戦以降、怒涛のごとく多忙な日々を送ってきた。地元での連覇があり、チャンピオンシップポイントでトップに立ち、多くの祝賀会にも招かれ、その間にはエアショーもこなしてきた。

「やはり集中力が欠けてきているのは、サンディエゴからここまでほぼ休みなしでやってきて、自分では意識しなくても心身両面で疲れがたまっているからなのかもしれません。どのスポーツもそうだと思いますが、これだけシビアな戦いになると、そういうところのわずかな差が勝負を分けますから」

幸いにして、ポルトでの今季第6戦までは1カ月以上レース間隔が空く。機体はカザンからポルトへ直送するため、改良を加えることはできないが、しかし、だからこそ心身のメンテナンスに注力することができる。いかに、この"サマーブレイク"を有効に活用するか。その重要性を強く認識している室屋は、ここまでの反省も踏まえ、ラストスパートに備える覚悟をこう語る。

「十分に休養を取ることも含めて、自分の体をもう一度セットアップしたいですね。残り3戦、プレッシャーのかかる展開になるでしょうから、それに耐えられるだけのトレーニングをフィジカル的にもメンタル的にもし直す必要がある。頭も体も、もうちょっとシャープにしてポルトに入りたいと思います」

つかの間の休息を経て、室屋は再スタートの準備に入る。

 

 

(Report by 浅田真樹)

 

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