Race Report: 2016年シーズン、波乱の幕開け

2015年の昨年、シーズンの激闘を終えると、そこに待っていたのは寂しいニュースの連続だった。

まずは、レッドブル・エアレースの誕生に携わり、「ゴッドファーザー」とも称されていたピーター・ベゼネイが引退を発表。すると、しばらくして、ベゼネイとともにレッドブル・エアレース創設当初から参戦し続けてきたポール・ボノムもまた、現役を退くことが伝えられた。ボノムと言えば、昨季の年間王者にして、レッドブル・エアレース史上最多となる3度の年間総合優勝を果たした最強のパイロット。絶対王者を失ったレッドブル・エアレースは、ある種の喪失感を抱え、新たなシーズンを迎えることになった。

昨季の年間総合優勝争いで、ボノムをあと一歩というところまで追いつめたマット・ホールは、ボノム引退を残念な気持ちで受け止めたひとりだったのではないだろうか。当然、ボノムを倒して頂点に立ちたいという気持ちは、誰よりも強かったはずだ。とはいえ、ボノムが去った今季、レッドブル・エアレースでホールが主役を務める可能性は非常に高い。それでも44歳のオーストラリア人パイロットは、そんな見方を冷静に受け止める。
「昨季はいい終わり方(ラスベガスでの最終戦で優勝)ができ、オフシーズンもチームは効果的な仕事ができた。優勝を期待されるし、優勝すれば次へのモチベーションにもなるが、まずは目の前のフライトをひとつずつこなしていくだけだ」

また、ボノムが昨季まで使用していた飛行機「エッジ540 V2」は今季、フラン・ベラルデに引き継がれた。絶対王者のパートナーは、今季も世界中でエアレースファンを魅了し続ける。と同時に、"名機"を手にしたベラルデが、一躍台風の目となっても不思議はない。41歳のスペイン人パイロットは、ニューマシンについて「昨季乗っていたものとフィーリングはよく似ていて、乗りやすいのに、よりパワフルでより速い」と手応えを口にし、こう語る。
「1年目の昨季はいろいろなことを習得する段階にあり、結果を出すことは本当に難しかった。だが、我々のチームは多くのことを学んだ。今季はこの機体とともに結果を残せる段階に来ていると思う」
絶対王者が去ったレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ。空位となったチャンピオンの席には、果たして誰が座るのか。

そんな注目を集める2016年シーズンの初戦は、しかし、意外な波乱が待ち受けていた。

毎年恒例となっているアブダビでの開幕戦。コースレイアウトは一見したところ、いつもと大きな変化はない。ところが、ゲート3(同じレーストラックを2周するため、2周目はゲート10)に意外な"ワナ"が仕掛けられていたのだ。ゲート3からクラウドライン(観客の安全を守るために越えてはいけないセーフティライン)までの距離が短く設定されているため、ゲート3を通過した後は大きく膨らんでターンすることができない。だからと言って、急激に小回りでターンしようと思えば、オーバーGを取られてしまう。結果、多くのパイロットが最適解を見つけられず、バーティカルターンでゲート4(同ゲート11)に向かう際、ことごとくDQ(Disqualification=セーフティラインを越えため失格)やDNF(Did Not Finish=オーバーGによりゴールせず)を犯すはめになった。

ただ、ここで問題だったのは、オーバーGのジャッジが本当に正確だったのか、ということだ。

レッドブル・エアレースに参戦しているパイロットは、いずれもエアロバティックスで名をはせた腕利きばかりである。そんな名手たちが何本飛んでも修正できずに、これほどミスを連発することなど、まずありえない。実際に飛行機の挙動を見ていても、それほど急激にターンしたように見えないものでも、次々にオーバーGを取られていた。

日本人パイロットの室屋義秀はトレーンングセッションを終えた段階で、「昨季と同じことをやっているのに、オーバーGを取られてしまう」と首をひねり、予選を終えてもなお、「データを解析して、どうにか適応しようとしているが......、大波乱が起こる可能性は十分にある。その波に飲み込まれないようにしたい」と語っていた。だが、室屋の不安は図らずも的中してしまう。

まずは、予選1位にして優勝候補筆頭のホールが、ラウンド・オブ・14で敗退した。DQやDNFを意識しすぎたのか、ゲート10で痛恨のパイロンヒット。昨季全8戦中7戦で表彰台に立ち、ラウンド・オブ・14で一度も負けなかったホールが、いきなりの早期敗退となった。同じラウンド・オブ・14では、昨季年間総合4位のマルティン・ソンカも、DNFであっけなく敗退。波乱の波は次々に上位候補を飲み込んでいった。

続くラウンド・オブ・8で餌食となったのは、室屋だった。相手は、昨季1ポイントも獲得できず苦しいシーズンを送ったフランソワ・ルボット。手堅くまとめても十分に勝てるはずだったが、ゲート3でまさかのオーバーGでDNFとなり、ファイナル4進出は夢と消えた。レース後、室屋は「どう言ったらいいのか......」とひきつった笑みを浮かべながら、こう語った。
「ちょっと不完全燃焼だった。ラウンド・オブ・8はラウンド・オブ・14よりも1秒くらい縮めようと(ゲート3を)少しタイトには行ったが、昨季までならまったく問題のなかったターン。10Gを超えるはずのないところで取られているので、正直、Gメーターのデータには疑問がある。とはいえ、この基準でやり続けるなら、それに適応するしかない。次戦までに対策をしたい」
室屋は口では前向きに話しながらも、釈然としない様子がありありだった。

 

結局、ファイナル4に進んだのは、昨季年間総合14位のルボット、同9位のニコラス・イワノフ、同3位のハンネス・アルヒ、同5位のマティアス・ドルダラーの4人。ファイナル4はおろか、ラウンド・オブ・8すら初進出だったルボットの存在が、波乱の展開を象徴する。そして、ファイナル4でもまた、今度はアルヒがゲート3を通過する際にDQを取られて失格に。最後まで誰が落とし穴にはまるのか分からず、まったく先を予想できなかったレースを制したのは、イワノフ。2位はドルダラー、3位はルボットという意外な結末で、2016年開幕戦は幕を閉じた。

もちろん、ルボットは初の表彰台。記念すべき結果に喜びが爆発してもおかしくなかったが、「今日はラッキーだった。次戦以降のレースで、私が表彰台に立つに値するパイロットであることを見せていかなくてはいけない」と神妙な表情で話していたのが印象的だった。幸先よくシーズン初戦を制したイワノフは、2014年の最終戦(シュピールベルグ)以来、2季ぶりの優勝。混戦で強さを発揮するあたりは、レッドブル・エアレース参戦10シーズン目を迎えるベテランならではの巧みさである。

そのイワノフのチーム・ハミルトンに今季からテクニシャンとして加わっているのが、西村隆。昨季まで室屋のチーム・ファルケンでテクニシャンを務めていた日本人スタッフだ。イワノフは「タカシはエアレースを長く経験している、優れたテクニシャンだ。すぐにチームに溶け込み、勝利をもたらす役割を果たしてくれた」と、その働きを称えていた。西村にとっては、室屋に先んじて"日本人初優勝"を成し遂げたことになる。

ボノムが去り、新たなチャンピオン争いが注目された今季初戦。だが、蓋を開けてみればまさかの展開の連続で、誰がこの争いを引っ張っていくのは、まだ見えてこない。

実力的に考えれば、やはりホールが有力だろうが、初戦で9位と出遅れた影響は決して小さくない。各チームがシーズンオフに強化を進めた結果、思った以上に混戦になりそうな今季。ボノムが初戦から首位を走り続けた昨季とはまったく異なる展開になりそうだ。

ポスト・ボノムを巡る争いは、次戦以降、さらに激しさを増すに違いない。もはや絶対王者を失った感傷に浸っている暇はない。

(Report by 浅田真樹)