世界最高峰の「エアレース国」、日本

千葉戦直前、王者マティアスが福島を表敬訪問

千葉・幕張海浜公園で開かれるレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第3戦を間近に控えた5月某日、世界チャンピオンがふいに福島に姿を見せた。

正確に言えば、ふいに、という表現は正しくない。昨季、年間総合優勝を果たしたマティアス・ドルダラーが福島を訪れたのは、地元レースを前に、ホスト・パイロットである室屋義秀が自らの活動拠点であるふくしまスカイパークに招待したからだ。滑走路脇の芝生のうえには、テントにベンチ、バーベキューセットが用意され、アルコールこそないものの、宴の準備は万端だった。

「ヨーロッパでレースがあるときには、僕は今まで度々マティアスの家族が経営する空港を使わせてもらって、食事もごちそうになってきた。なので、この機会に今度は僕がマティアスを招待したんです」

室屋は"おもてなし"の理由をさも当然のように、そう語る。

しかし、だとしても、レース本番をおよそ1週間後に控えたこの日、ドルダラーがリラックスモードで福島にやってきたことは、「突然の来訪」の感は否めない。

高台にあって見晴らしがよく、自然に囲まれたふくしまスカイパークには、散歩やドライブがてらに立ち寄る一般の人が少なくない。また、室屋が日常的にトレーニングフライトを行っているとあって、自在に飛び回る飛行機見たさにやってくる航空ファンもいる。そんな彼らにとっても、今ここに世界チャンピオンがいることは、まさに寝耳に水のサプライズ。そんな人たちがソワソワと遠巻きに中をうかがう様子は微笑ましかった。

室屋の案内で格納庫をはじめ、施設を見て回るドルダラー。あまりに自然体で素のふたりは、もはやタイトル争いのライバルではなく、すっかり親友同士の顔になっていた。

ともに2009年デビューの同期パイロットである彼らふたりは、好敵手である一方で、非常に仲のいいことは、レッドブル・エアレースファンの間ではすでによく知られた話だろう。今では他愛もない話で一緒になってケラケラと笑っているふたりの、ファーストコンタクトは10年前にさかのぼる。

「(デビュー前に)アブダビで開かれた2007年のレッドブルエアレース開幕戦。そのメディア用フライトで僕らは初めて顔を合わせたんだ。その後、同じ年にスペインで開かれたエアロバティックス世界選手権でもまた会ったな」

ドルダラーは「もう昔の話だからよく覚えていないけど」と、とぼけながら、懐かしそうに口を開く。

「初めて会ったときのヨシの印象は"クールガイ"。とても落ち着いているヤツだな、と思ったよ」

室屋にしてみれば、「クールガイ(笑)? クールだったわけじゃなくて、そのころはまだ英語もうまくなかったから、しゃべれなかっただけ」とのこと。一方、室屋にとってのドルダラーは「ドイツという航空先進の地でサラブレッドとして育ってきたスーパーパイロット。この世界にはすごい人たちがたくさんいるなと思っていた」。いわば、別世界の人という印象が、余計に室屋を寡黙にさせていたのかもしれない。

それでも、ドルダラーは「すぐに仲良くなった」と当時を振り返る。今では「人生を変えられるような特別な付き合いになった」というほどの間柄だ。

そこまでの関係に至ったのには、やはり翌2008年にスペインで行われたトレーニングキャンプ(参戦に必要なスーパーライセンス取得のための集中キャンプ)を一緒に過ごしたことが大きかったのだろう。当時を振り返り、ドルダラーが「このときに初めてレーストラックを飛んでみたんだけど、あまりにもタイトで、本当にここを飛べるのかと思った」と言えば、室屋もまた「完走することさえ難しかった」と顔をしかめる。彼らは苦楽をともにし、同じ感情を共有した仲間。日本流に言えば、同じ釜の飯を食った同志というわけだ。

彼らは揃って2009年にデビューを果たすわけだが、ルーキー当時、ふたりの間にはまだ少なからず実力差があった。「2009年は全8戦あったが、マティアスは後半戦で一気にパフォーマンスを上げ、機体の改良も進んだ。成長が早くて僕は追いつけなかった」と室屋も認める。

だが、ドルダラーは「僕らがデビューした2009年は、Yoshiがパイロンキング(1シーズン通算で最も多くのパイロンヒットを記録)だったよな」と、茶化すように言うと、こう続けた。

「Yosihはそこから多くのことを学び、成長してきた。昨年、Yoshiは千葉(第3戦)で優勝し、僕はシュピールベルグ(第2戦)で優勝。これで4人の同期全員(他にマット・ホール、ピート・マクロード)が優勝することができた。冷たい水に飛び込むような気分で挑んだ2009年からお互いが認め合い、刺激し合いながらレッドブル・エアレースに挑んできて、少し時間はかかったけれど、みんなが優勝できるだけの力をつけたんだ」

そんな話をするドルダラーの傍らで、室屋がニヤリと笑って、世界チャンピオンを挑発するように言う。

「僕以外の同期3人は全員アビエーションエリートたちばかり。僕はトレーニングキャンプからずっと、いつも一歩遅れてついていっている感じでした。でも、だいたいマティアスの1年後れくらいでついてきたのが今までなので、そうすると、今年は僕が世界チャンピオンになるのかな」

挑発的な発言さえも笑って受け流せるのは、現役世界チャンピオンゆえの余裕だろうか。ドルダラーが応える。

「2009年にデビューした同期4人はライバルであると同時に、2007年から同じゴールを目指して頑張ってきた仲間。もしもYoshiが優勝すれば、僕もうれしい。僕が優勝すれば、ヨシも喜んでくれるよ」

今度は室屋がドルダラーの話を引き取り、言葉をつなぐ。

「コックピットでどんなことが起きているのか、ということを理解し合えるのはレースパイロット同士だけ。レースの世界を本気で語り合える人というのは、実はレースパイロット以外にはいないんです。同じ目標へ向かってお互いに努力して競い合うということは、お互いにリスペクトがあるからこそできること。日本語で『友だち』と言ってしまうと、ちょっと違うのかもしれませんが、同期の彼らは本当の仲間というか、お互いに分かり合える数少ない存在だと思います」

ドルダラーは串に刺さったソーセージや、ふくしまスカイパーク自慢の石窯で焼かれた特製ピザをほおばりつつ、「近くに山が見えて、自然に囲まれていて最高じゃないか」。初めて訪れた福島の景色を気持ちよさそうに眺めながら、何度もそうつぶやいた。

もちろん、ドルダラーも「2011年に福島で原発事故が起きたことは知っている。Yoshiには何度も、大丈夫なのか、と聞いた」。だが、実際に訪れてみて、「何の問題もないし、とてもいい気分。ここはまるでパラダイスだね」とまで言う。さすがにパラダイスはいくらかの社交辞令が含まれているとしても、「今度はレースのついでではなく、バカンスで来たいよ」と話す彼が、この地を本当に気に入ったのは間違いなさそうだ。

ただし、ドルダラーがここをパラダイスと感じたのは、恐らくふくしまスカイパークの環境だけが理由ではないだろう。

この日の世界チャンピオンの福島来訪は、レッドブル・エアレース関連の公式イベントというより、あくまでもプライベート色が強いものだった。だが、バーベキュー会場こそ一般にはもちろん、メディアにも公開はしなかったものの、その後、主に福島の地元メディアを対象とした簡単な取材対応を行った。すると、そこに集まった報道陣の数は、TVクルーを含めて優に20人超。ズラリと並んだTVカメラや記者を前に、ドルダラーは「日本はスゴい。他の国とは全然違うね」と、目を丸くしていた。

「(母国の)ドイツは朝から晩までサッカー、サッカー、サッカー。エアレースは成長しているスポーツではあるけれど、そこまでの人気はない。だから、日本のメディアやファンは世界のなかでも特別だよ。千葉でレースが開かれるときも、ホテルやレースエアポートにたくさんのファンが来てくれる。日本は、エアレースが世界で最も注目を集めている国だろうね。そのなかで、Yoshiは一番の人気なんだからスゴいこと。このまま人気スポーツとして成長を続けてほしいし、僕もこんなに多くの人に自分のことを知ってもらえてうれしい。僕にできることがあれば、いつでも駆けつけるよ」

勝負のときを前に、つかの間の息抜きで英気を養った同期のふたり。ドルダラーを見送る室屋が「いつもドイツでお世話になっている恩返しも兼ねて、招待できてよかった」と、笑顔で語る。

ドルダラーもまた、「本当ならもっとゆっくりして、福島の街も見てみたい」。だが、来日の目的は言うまでもなく、レッドブル・エアレース第3戦である。いつまでものんびりしているわけにもいかない。ドルダラーを乗せた車が決戦の地である千葉へ向け、帰路に就くべく駐車場を出ようとしたときだった。

「マティアース!」

思いがけず、"出待ち"のファンから声がかかった。

駐車場出口で車を止めさせたドルダラーが、車を降りる。すると、ラフなポロシャツ姿のドイツ人パイロットの周りにはたちまち人垣ができた。ドルダラーは持参した自身のカードを一人ひとりに配り、最後のひとりまで丁寧にサインや記念撮影の求めに応じる。その姿は、ファンとの時間を心から楽しんでいるかのようだった。

再び車に乗り込み、多くの声援を浴びながら、今度こそ帰路に就いたドルダラー。世界チャンピオンを本当に喜ばせたのは、実は室屋でもバーベキューでもなく、"特別なエアレースの国"の住人たちによる歓待だったのかもしれない。

 

(原稿:浅田真樹)

 

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