予選レポート : 混戦極まる、三度目の千葉

0.996秒。そのわずかなタイム差を聞くや、室屋義秀は苦笑いを浮かべ、なかばあきれたように口を開いた。

「厳しくなっている。いや、ホント......、ホントに大混戦ですよね」

千葉・幕張海浜公園で開催されているレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第3戦は6月2日に予選が行われ、室屋は54秒933のタイムで4位につけた。

この日の予選で54秒台のタイムを記録したのは、4人だけ。しかも、予選トップのピート・マクロードと室屋のタイム差は0.324秒。地元開催のレースとあって大きな期待と注目を集める一方で、受けるプレッシャーもまたハンパなものではない日本人パイロットとしては、上々の結果と言っていいだろう。

しかし、だからと言って、安穏ともしていられない理由もある。

実は冒頭に記した数字は、トップのマクロードと8位のピーター・ポドランセックとのタイム差であり、つまりは、今回の予選はタイム差1秒以内に8人ものパイロットがひしめいていることになる。さらに言えば、8位のポドランセックと14位(最下位)のフランソワ・ルボットでさえ1秒511の差しかなく、およそ2秒半のタイム差のなかに、出場全パイロットが収まっているというわけだ。

「トリッキーでとても難しい」

多くのパイロットがそう口を揃えるように、今回のレーストラックは過去の千葉でのレースと比較しても、かなり難易度が高い設定となっている。例えば、2016シーズンのレイアウトは各ゲートが直線的につながれ、かなりの高速コースとなっていたが、今回はゲート間の距離が短いうえに、ゲートの振り幅も大きい。加えて海上コースとあって、風の向きや強さも変わりやすい。誰もが「トリッキー」と口にするゆえんだ。

しかも、よりによって予選前日に2回のセッションが予定されていた公式練習は、強風のため中止となった。ただでさえ難コースなうえに、気象条件までもがパイロットたちに味方をしてはくれなかったのである。

実際、予選当日に行われた公式練習は、波乱のレースを予感させた。各パイロットがスムーズにコースを回ることさえままならず、インコレクトレベルやパイロンヒットのペナルティが多発。しかも、通常ならほとんど見られることのないシケインでのパイロンヒットが何度も起こるなど、パイロットが苦労しているのは明らかだった。

ところが、2回の公式練習を経て、予選が始まると状況は一変。千葉で開催されたレッドブル・エアレースに限れば、史上最高と目された難コースでさえも、パイロットたちは確実に攻略していった。室屋が語る。

(↑写真)大混戦のなか、予選トップに立ったピート・マクロード

「レーストラックは難しいんですけどね。わずか2回の短い(公式練習の)セッションのなかでも、みんなしっかり対応してくるんだから、さすがですよね。やっぱりパイロットのレベルが上がっているので、なかなかタイムも差がつかない。今回はタイム差が非常に小さいですよね」

翌日のラウンド・オブ・14で室屋との対戦することが決まった、予選11位のペトル・コプシュタインにしても、室屋とのタイム差は1秒021。たったひとつのペナルティでも犯してしまえば、楽々と立場が入れ替わってしまう程度の差に過ぎない。

地元期待のパイロットにとってレースデイのフライトは、最初のラウンド・オブ・14から気の抜けないものとなることは間違いなさそうだ。

それでも、室屋は「プラン通りに飛べている。いい感じですよ」と、至って落ち着いた表情で語る。日本開催のレースだからと気負うこともなく、淡々と語る様子はまさに自然体である。

公式練習では思ったほどタイムが伸びず(1回目は12位、2回目は5位)、何かトラブルでもあったのかと心配されたが、「気温とか湿度とかの条件が(第2戦が行われた)サンディエゴとは違っていて、少しセッティングが合わなかっただけ。かなり微妙なセッティングにしているので、そういうことも起こりうる」とのこと。公式練習で得たデータを生かし、予選のフライトでアジャストしたに過ぎず、いわば想定内の出来事だった。事実、室屋は今回のレーストラックでの想定タイムを、予選前日の段階で「コンピューターの計算上では55秒くらい」と語っていたが、レースはまさに55秒を挟んでの勝負となっている。

「トップのピートからコンマ3秒くらい遅れている分は、VTM(バーティカル・ターン・マニューバ)で縮める余地があります。ただ、それをやるとなると、セーフティーラインを越えるか(DQ)、オーバーGするか(DNF)というギリギリの勝負になってしまう」

(↑写真)フライトを重ねるごとに、確実に調子を上げる室屋

確かに室屋の言葉通り、今回の予選ではDQやDNFが多発した(全14パイロットの計28フライトでDQが5回、DNFが2回)。いずれも、通称"マクハリターン"と呼ばれる、最後のバーティカルターンでタイムを縮めようと観客席側に寄せたラインを選択し、セーフティーラインを越えた。あるいは、セーフティーラインを越えるのを避けようとGをかけ過ぎた結果だった。

そこまでのリスクを負わなくても勝負できる。それが、室屋の出した結論である。だからこそ、室屋にレースデイの戦略を尋ねても、これといった話は出てこない。

「安定して飛んで確実に出せるタイムは、これくらい(55秒前後)が限界だと思います。そういう意味では、今日は(予選のフライトを)2本とも安定して飛べていたし、そんなにペースを上げる必要もない。無理をしなくても、今日のセッティングで飛べばいいんじゃないかなと思っています」

予選前日、ハンガーで行われたサイン会には平日にもかかわらず、およそ1000人ものファンが集まった。その大半のお目当てが誰であったかは言うまでもないだろう。室屋を取り巻く熱狂は、日本で初めてレッドブル・エアレースが開かれた2年前とは比べものにならない。

だが、周囲の空気を察したうえで、「やっぱり僕の本業はレース。いい成績を残すことが、一番喜んでもらえることだと思う。できる限りサインもしますが、ここまではやるけど、ここから先は自分の時間ということをはっきりさせて、しっかりとメンタルコントロールもできている」と室屋。「(初開催だった)2015シーズンは、少しナーバスになるようなところがあったかもしれないですけどね」と、素直に認められるあたりに、2年前にはなかった余裕と自信が感じられる。

日本開催3年目のレースデイ。どんな結果が待っているのかは、もちろん誰にも分からない。だが、室屋が熱狂の渦に飲み込まれてしまう心配だけはなさそうだ。

今年のレッドブル・エアレースは群雄割拠の大混戦。それでも力むことなく、自然体で臨めば、自ずと結果はついてくる。サンディエゴで得た自信が、室屋のそんな姿勢を後押ししているに違いない。

 

(Report by 浅田真樹)