特別コラム:千葉開催、3年目の成果

レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップが日本で開催されるのは、これが3年連続3回目。今年レースが開かれる7カ国8都市のなかで3年以上に渡って連続開催されているのは、千葉のほかに、UAE・アブダビとハンガリー・ブダペストがあるだけ。幕張海浜公園でのレッドブル・エアレースも、レースカレンダーにおいては"おなじみ"になりつつある。

3度目の正直とでも言うべきか、今年の日本戦は過去最高の天候の下、予選、本選ともにレースを行うことができた。

初開催となった2015年は、レース開催週に入ると、季節外れの台風に見舞われた。テストフライトができないどころか、せっかく組み立てたハンガーを一度撤収しなければならないなど、多くのトラブルが起きた。週末になっても雨雲が残り、土曜日は朝から雨。午後になってようやく雨が上がったところで、どうにか予選決行という状態だった。

 

ところが、翌日曜日になると一転、好天に恵まれたのはよかったのだが、今度はうだるような暑さに会場に訪れた観客の熱中症が心配されるほどに。とにもかくにも、うらめしく空を見上げながらの日本初開催だったのである。

2年目の昨年は、強風と高波により土曜日の予選が中止となった。日曜日は無事に本選が行われ、しかも日本人パイロット、室屋義秀が涙の初優勝を果たしたものの、少なからず消化不良感の残るレースだったのも事実だろう。

 

そして3年目の今年。強風により金曜日に予定されていた公式練習こそ中止になったが、予選、本選とレースは予定通りに開催。しかも、金曜日に公式練習がキャンセルになったことで、土曜日の予選の前に通常より1セッション多い、2回の公式練習が行われたため、観客にとってはある意味ラッキーなプログラム構成にもなった。2日とも好天に恵まれつつも暑さは控えめ。時折吹く風も心地よく、最高のレッドブル・エアレース日和だったと言えるだろう。

 

そのうえ、各ラウンドで波乱のレースが続出するスリリングな展開の末、最後は室屋が日本戦連覇を達成。このうえない(あくまでも室屋ファンにとっては)極上のエンターテインメントが繰り広げられることとなった。日本開催3年目にして、レッドブル・エアレースは最高のレースが行われたと言っていいのかもしれない。

とはいえ、天候に関しては人間の力ではどうすることもできない。早い話が運である。3年目にしてようやく天候に恵まれたからと言って、それをもって大成功と言ってもしまうのもいかがなものか。そんな気もしないわけではない。

そんななか、日本開催3年目を迎えたレッドブル・エアレースを取り巻く環境に、ある顕著な変化を感じることができた。たかが3年、されど3年。開催を続けてきたことによるその変化こそが、今年の日本戦を極上のエンターテインメントに仕立て上げた。そう言い切ってしまっても構わないのではないだろうか。

予選前日の金曜日ことだ。

「彼はまるでロックスターだね」

レース開催に合わせて世界中を周っているレッドブル・エアレース専属の運営スタッフにとっても、その光景は目を疑うようなものだったに違いない。

千葉県浦安市に設けられたレースエアポートの前には、昼を過ぎたころから長蛇の列ができていた。列をなす大勢の人たちの目当ては、パイロットたちのサイン会。これは浦安市の公園施設をエアポートとして使用させてもらっている感謝の意味を込め、昨年から行われているイベントだ。1時間という限られた時間ではあるが、ファンを無料でハンガーエリアに迎え入れ、パイロットたちがサインや記念撮影に応じてくれる。

日本では全戦テレビ中継が行われていることもあり、世界的に見てもかなりレッドブル・エアレースの人気が高まっていることは、何となく実感していた。しかし、それにしても、だ。

予定の16時30分を少し遅れてハンガーエリアへの入場が開始されると、瞬く間にハンガー前はファンで埋まった。

 

もちろん、一番人気は室屋。チーム・ファルケンのハンガー前にできた列はみるみる長くなり、限られた空間を最大限に使うべく、何度も折り返すようにして作られた列にはあっという間に300人ほどが並んだ。最初は高みの見物を気取っていた前出の運営スタッフも、次第に顔色が変わり始める。

「信じられない」

そうつぶやいた後、彼がボソッと口にした言葉はすでに記した通りだ。だが、単なる"室屋ブーム"であれば、それほど驚くには値しない。室屋の前にできた長蛇の列も想定内である。

ところが、行列ができていたのは室屋だけではなかった。少なくとも20、30人程度の列はすべてのハンガー前にできており、ファンと触れ合うパイロットの前で、一瞬たりともその列が途切れることはなかったのだ。

 

もしかすると、たまたま散歩の途中でこの"騒ぎ"を見かけ、「よく分からないけれど、一応サインをもらっておこう」という野次馬的な人もいたかもしれない。しかし、そうした人はどう見てもごく少数派。列をなす人たちのほとんどすべてが、レッドブル・エアレース関連のキャップやTシャツを身に着けたり、全パイロットの集合写真を持参したりと、明らかにここでパイロットのサインをもらうという意志に満ちてやって来ていることは明らかだった。

「本当にすばらしい。日本のエアレースファンは世界のベストだろうね」

そんな感嘆の声を上げるピート・マクロードは、ファンとのひと時をこう語る。

「他のレースでもファンの応援の力は感じるし、こうしたイベントがないわけではない。でも、たいていの場合、エアレースに初めて触れる人が多いなか、日本のファンはとてもよくエアレースのことを知っていて、知識も豊富。だって、僕が好きな日本のスナック(海苔を巻いた小さなせんべい)まで知っていてプレゼントしてくれるんだから(爆笑)。あまりに多くの人が持って来てくれたので驚いたよ。彼らに会えてうれしかったし、すごくすごく楽しかった」

 

なるほどマクロードが言うように、日本には決して"にわか"ではなく、レッドブル・エアレースに詳しいファンが数多い。その証拠に、パイロットだけでなく、チームスタッフにもサインや記念撮影をねだるファンも少なくなかった。マルティン・ソンカが語る。

「最高の時間であり、すばらしい経験だったね。日本のファンはいい人たちばかりで、とてもフレンドリー。我々を応援してくれて、そしてエアレースという競技全体を応援してくれることには、ありがとうと言わなければならないな。僕だけでなく、チームのみんながすばらしい雰囲気を楽しんだよ」

サイン会は予定の1時間を過ぎても、人が減る気配をまったく見せず、結局1時間半まで延長され、ついには数多くのファンがハンガー前に列を作るなか、タイムリミットとなった。

今までに経験したことのないほどのサインをこなし、「ちょっと手が疲れたよ」と右手をぶらぶらと振るソンカ。「でも、とても楽しかったから、そんなことは気にならなかった。サインをもらえずに帰らなければいけなかった人もいたみたいだから、もっと長くやれればよかったのにね」と、ファンを気遣う言葉さえ口にした。

この日のサイン会の来場者数は、平日の夕方にもかかわらず、およそ1000人。想像を絶する数のサインをこなした室屋にしても、さすがに疲れた様子で椅子に座り込むと一言。「今年はスゴい。まさに熱狂という感じですね」。過去2年とは明らかに異なる空気に(薄々感じていたとはいえ)実際に触れ、戸惑いさえうかがわせたほどだ。

日本初開催の一昨年は物珍しさも手伝ってか、予選と本選を合わせてのべ12万人もの大観衆が幕張海浜公園に詰めかけた。それと比べると、3年目の今年はのべ9万人。この数字だけを見ると、レッドブル・エアレースの人気も頭打ち、そんな印象も受けるかもしれない。

だが、集まったファンの"中身"に目を向ければ、人気は低下するどころか、さらに熱を帯びてきているように見える。単なるブームではなく、定着した人気と言ってもいい。

レッドブル・エアレース日本開催3年目の成果である。

 

(Text by 浅田真樹)

 

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